今回はワールド工芸製(製品化協力IORI工房)の150形・160形蒸気機関車のご案内です。
※製品は金属製組立キットです。ハンダ付けによる組立とロッド調整、塗装仕上げが必要です。

(N) 鉄道院 150形 (原形タイプ) 蒸気機関車 組立キット
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1872(明治5)年の新橋~横浜間開業のためにイギリスから輸入された1Bタンク機関車5形式10両のうちの1両です。
日本の鉄道史上唯一のバルカン・ファウンドリー製機関車です。
開業当初から長らくナンバーは「1」でした。
1884年から1885年の間に大改造を受け、ボイラー位置を高く、蒸気ドームを移設など大きく外観が変わりました。
1880年に神戸に転属、前記の大改造後に工事用として半田(現・武豊線)に送られたりしたのち、
1905年時点では既に本線の旅客用から引退し、大阪駅で入れ換え用となっていました。
「鉄道」1932(昭和7)年1月号での西田米次郎氏の回想によると、1号と、18号※というテンダー機関車が大阪駅では
入れ換え用としておなじみだったという事です。
※ちなみに18号→5100形5101は阪神間開業の際に輸入されました。大阪駅の後は神戸駅の入れ換え用となり、1916年には
神戸機関庫留置中、夜中にひとりでに動き出した他の機関車に押されて海に転落・沈没するという事故にあっています。
それでも引き上げられ、相模鉄道に譲渡されました。
1号は1909年の称号規程制定で150形150となり、1911年に島原鉄道に譲渡されました。
島原鉄道ではまた1号となったので、「150」は僅かな期間でした。
1930年に鉄道省が記念物として島原鉄道から返してもらい、大宮工場参考館を経て、1936年から交通博物館で展示されました。
そして約70年ぶりに大宮に戻り、2007年から鉄道博物館で公開されています。
交通博物館では緑色に黄色のライニングとなっていた時期もありますが、現在は黒に赤のライニングとなっています。
前者は創業期の色を想定していたようですが、改造後の形でそうしても時代が合いません。
明治初期は当然カラー写真もなく、色の手がかりは錦絵がメインというのが実情です。
現在の実車は1900年頃、つまり岩崎・渡邊コレクションの有名な写真の頃とおおよそ同じ姿に復元されています。
今回は原形タイプでの製品化となります。
錦絵やイギリスの機関車を参考に色を想像して、キットに塗装してみてはいかがでしょう。

(N) 鉄道院 160形 蒸気機関車 (後期型) 組立キット
150形とほぼ同時代の機関車、160形のキットがこのほど入荷しました。
新橋~横浜間開業用にシャープ・スチュアート製の同形4両が輸入されました。
1874(明治7)年に2両が増備され、そのうちの1両は博物館明治村で動態保存中です。


今回製品化の後期型は、ボイラー前部にドームがあり、運転室後部の炭庫が後ろに張り出した形状が特徴的です。
製品は2軸客車10両程度は牽引可能との事です。
今回のご案内は以上となります。
それではごゆっくりお買い物をお楽しみ下さい。